The Rain, The Park And Other Things


Words & Music by Artie Kornfield and Steve Duboff.
(1968年発表)



(原題直訳 「雨と公園とその他のこと」)



Performed by The Cowsills.

You can listen to their compilation, "The Best of The Cowsills".
推奨アルバム度 ☆☆

(カウシルズ)





歌詞は、次のURLから
http://my.execpc.com/~suden/rainpark_things.html


名曲度 ☆☆


邦題 「雨に消えた初恋」 (カウシルズ)






I saw her sitting in the rain,
雨の中にすわっている彼女を見た
Raindrops falling on her.
雨のしずくがが彼女に降っていた
She didn't seem to care.
(そんなこと)気になんかしてないような様子の彼女
She sat there and smiled at me.
その子が
そこにすわったまま、ぼくに微笑みかけてきたんだよッ



And I knew
そして、ぼくにはわかったんだ
(I knew, I knew, I knew, I knew)
(わかったんだ、ぼくにはわかった、わかったんだッ)
She could make me happy
この子はぼくを幸せにできる子だと
(happy, happy).
(幸せに、ハッピーにだぜぃ)
Flowers in her hair,
彼女の髪には花がさしてあった
Flowers everywhere.
どこもかしこも花だらけ




I love the flower girl,
ぼくは
この花の少女が好きになった
Oh, I don't know just why.
おゝ、訳なんてちっともわからない
She simply caught my eye.
単純にぼくの瞳をとらえたのだ
I love the flower girl,
ぼくはこのフラワーガールが好きになった
She seemed so sweet and kind.
とってもスウィートで優しい子のようだった
She crept into my mind.
ぼくの心に忍び込んでしまった彼女
Suddenly the sun broke through
突如として、太陽が出現したんだッ
(see the sun).
(見てくれ、太陽だぜい)
I turned around she was gone
振り向くと彼女はいなくなっていた
(where did she go?).
(あの子、どこに行ったんだ?)
And all I had left was one little flower
そして、ぼくに残されたのは、一本の可愛い花がすべて
From her hair.
彼女の髪にあったものだ




But I knew
でも、ぼくにはわかったんだ
(I knew, I knew, I knew, I knew)
(ぼくにはわかったんだ、わかったんだぜぃ、ぼくには)
She had made me happy
彼女はぼくを幸せにしてくれたんだと
(happy, happy).
(幸せに、ハッピーになれてたんだ)
Flowers in her hair,
彼女の髪には花がさしてあった
Flowers everywhere.
そこらじゅうが花だらけだった





Translated into Japanese tonight by komasafarina.訳詞






∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮





日本では、どういうわけか、その昔、「牛も知ってるカウシルズ」という何やら受験勉強向けの暗記用のマントラみたいなキャッチコピー(?)*1で(いまも多くの人々の頭の隅の隅のほうに)記憶されているというアメリカのグループのヒット曲。
歌の内容はお聴きのとおり(=ご覧のとおりwink)、サンフランシスコがあたり一面お花畑と化してしまったフラワー・ムーヴメントの年に(はるばる)ヒッチハイクでどこかよその土地から出て来た男の子が(ハイトアシュベリーあたりの公園で)ふと髪に花を挿したヒッピーの女の子(そこらにうじゃうじゃいたのだろうが)に目を止め、一瞬にして深く深く一目惚れしてしまい、たちまちのうちに恋に陥ち、また瞬時に失恋してしまうという(まさに)「速度の愛」*2というべき(おそらくポップ史上もっとも短い(!?))(瞬時の)恋を歌った歌。



ちょうどこの歌と同じ時期のサンフランシスコのフラワー・パワーのシーンを歌った歌として、これまでにここではこんな歌を紹介してきているので、まだの方は(直行便を出しますんで)どーぞ>>>



・花のサンフランシスコ (スコット・マッケンジー) c/w マサチューセッツ (ビージーズ
http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/20050208


・サンフランシスコの夜 (エリック・バードン&アニマルズ)
http://d.hatena.ne.jp/komasafarina/20050209



ついでに(「警官隊、花で武装した危険人物を取り押さえる」という)こんな報道写真もありました。
ジィーッと見つめることで当時の街角、ストリート・シーンにワープしてみてくださいナ。
(なお写真の見出しの後半部分は、「あなたの地元の警察国家状態を支持しよう」という皮肉)

http://www.zapatec.com/will/images/flowerGirl.jpeg






ところで、この(牛も知ってる)カウシルズは、もともとはカウシル家の兄弟4人からなるバンドで、地元のニューポート(ロードアイランド州)ではマーキュリー・レコードから「Party Girl」(パーティ好きな女の子)、「Siamese Cat」(シャム猫さん)といったローカル・ヒットを出した人気グループだったが、彼らが全米はおろか遠く日本にまで知られるようになったのは(マーキュリー時代の彼らのプロデューサーだった)アーティー・コーンフィールドが自作の曲を(マーキュリーを離れたインディペンデントなかたちで)彼らに提供したことに端を発する。その際、この「トウモロコシ畑」という姓を持つプロデューサー氏は兄弟の母親を口説いてグループのメンバーとして引っ張り出した*3。そうして録音された曲がこの「雨に消えた初恋」で(これは)MGMから発売され、そのすばらしいサウンド(聴くべし!)とヴォーカル・ハーモニーで全米チャートの最高2位にまで上昇したミリオンセラーとなり、日本をはじめ世界の多くの国々で大ヒットした。
このヒットを皮切りにカウシルズは全米規模の7曲のヒットを放ち、メンバーも当時7歳だった末の妹や末弟を加えて、総勢7人からなるファミリー・バンドとなり、TVや多くのコンサート・ツアーでのアメリカ大陸をまたにかけた彼らの活躍は、やがて全米ネットの人気TVドラマ「ザ・パートリッジ・ファミリー」(デイヴィッド・キャシディ( 、とその継母)シャーリー・ジョーンズ主演)としてドラマ化され、日本でもNHKにより毎週放映されていた。


しかし、こういう平板なただの事実を羅列するだけの文章を並べていくのはわたしには本当に苦痛以外の何ものでもない、プンプンって自分で怒ってどーするのタマオッチャン? でも、こういうのは単なる作業、労働以外の何ものでもなく、やっぱり、おれがしたいのは重力に逆らうようにして強い抵抗を心身に受けながら未知の圏域へと言葉で切り込み、すべての未知に道を通し、既知んと(おまけに機知を全開するかたちで)きちがいじみた切り口で新たな世界をこの宇宙に切り拓いていくように、そんなふうして書いていくことだ。そういうときがおいらはいちばん幸せっすね。だってよー、そういうときって、自分がひとつの「量」(quantum)というべきエネルギー(とそのあらゆる可能態)になってしまっていて(そういうときはこのつまらない自分がすっかり消えてしまって)ほとんど宇宙の一部になってしまっているのだから、それはもう(生誕以前の死後以後)というべき純粋生命=エネルギー=(スターウォーズ・サーガで言う)フォース状態になっている。



あ、んで辟易とする労働をつづけると、その昔、ブライアン・ウィルソンビーチボーイズのステージから退いて、曲作りとプロデュースに専念するという(ロック史的に)歴史的な決断を下したときにビーチボーイズが彼の後任のベーシストとして白羽の矢を立てたのが、このカウシルズのギタリストだったビル・カウシルだった。という話は(たぶん)日本の音楽ファンと言われるような人たちをそわそわさせてしまうエピソードなんだろうな。それにしても、日本のロック・ファン(というか音楽ファン)をこんなふうにゴシップ好きにしてしまったのは、(これまでの)日本の音楽ジャーナリズムや(いろんなアルバムにライナーノーツとかを書いてきた)「講談」好きな音楽評論家とかライターと呼ばれる(また自称する)人たちの責任なんだろうなと思うなあ。彼らの書くものは、(ときどき、よくあるオヤジ向けの、徳川家康とか織田信長とかでビジネスを論じたつもりになっている経済書の水準にも及ばない)低俗な講談調や軍記物めいた(ミュージシャンの)物語(や、ひどいときには人生論)でしかないんですよね、いやはや。んでさ、もう(とっくに)21世紀になってるのだし、この国も(みすぼらしい)(世界に冠たる)「国連」の常任理事国入りとかを狙ってるぐらいまでに力をつけてきたのだから、もう、いい加減そういう前世紀から持ち越したバカなロック評論なんかをやめにして、みんなでちゃんとした音楽ジャーナリズムや(ミュージシャン自身やミュージック・シーン自体に力(=影響)を与えるような)本格的な音楽評論をしっかりと着実に確立していく方向に(おらは)早く進みたいぜよ。

と言っても、わたしはあくまでも(自称)プレーヤーですんで(!)、そこんとこ、ひとつ、こまさ、よろしく、ふぁりーnya、なのです!
ろろ、ろ、ろっくんろーりんぐぅーッ!

(完全にイカレてる、パーフェクトリー、アポーン!)

*1:大橋巨泉が、そのむかし司会を務めた伝説的なスタジオ・ディスコテークなTV番組「ビート・ポップス」の番組中で言い出し、連発したのがそのルーツとされている。ハイ、覚えておきましょう、「牛も知ってるカウシルズ」!

*2:通常、「速度の愛」という言葉は(世界的に)20世紀のフランスのシュールレアリストたちの用語で「強姦」を指す言葉なので、使用上の注意をうながしておきます。わたしの大好きな斉藤綾子さまのデビュー作である「愛より速く」は、そこから題名を援用したものです。http//www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4101495130/249-2922371-1761108#product-details

*3:彼女は「ミニ・マム」(ミニの奥さん)の愛称で多くのファンを魅了したという。