Love Child





Words & Music by Pam Sawyer, R.Dean Taylor, Frank Wilson and Deke Richards.
(1968年発表)




(原題直訳 「愛の子」*1 )



Performed by Diana Ross & The Supremes

You can listen to Diana Ross & The Supremes album, "Love child".
名作アルバム度 ☆☆

「ラヴ・チャイルド」 (ダイアナ・ロス&サプリームス)


And other their compilation albums such as
"Diana Ross and the Supremes - The Ultimate Collection".
名作アルバム度 ☆☆☆☆☆

ダイアナ・ロス&サプリームス)


歌詞は、次のURLから
http://www.songlyrics4u.com/diana-ross-the-supremes/love-child.html




名曲度 ☆☆☆





邦題 「ラヴ・チャイルド」 (ダイアナ・ロスシュープリームス






(whispering)
(囁き)

Tenement slum
貧民窟



You think that I don't feel love
おまえは
このあたしに愛なんかないんだって思ってるんでしょ
But what I feel for you is real love
だけど
おまえに対するあたしの気持ちは本物なのよ
In other's eyes I see reflected
他人の目にどう映ってるのか
あたしにはわかってるわ
A hurt, scorned, rejected
傷つき、バカにされ、拒まれてるのよ




Love child, never meant to be
愛の子供
けっしてそんなつもりではなかったのよ
Love child, born in poverty
愛の子供、貧しさの内に生まれた
Love child, never meant to be
愛の子供
けっしてこんなはずではなかったのよ
Love child, take a look at me
愛の子供、あたしのほうを見てよ




I started my life in an old, cold run down tenement slum
あたしの人生は
古い冷え冷えとした貧民窟の安アパートではじまった
My father left, he never even married mom
父親は出て行ったきりで
とうとうママと入籍することはなかったわ
I shared the guilt my mama knew
わたしはママと同じ過ちを犯してしまったの
So afraid that others knew I had no name
自分に名前がないことを
他人に知られるのがとてもこわかった




This love we're contemplating
あたしたちの頭にあるこの愛は
Isn't worth the pain of waiting
待つ苦しみになんかに値するものじゃないわ
We'll only end up hating
The child we maybe creating
あたしたち
結局、この生まれてくる子を
厭うことになってしまうのよ




Love child, never meant to be
愛の子供、
けっしてこんなはずじゃなかったのよ
Love child, scorned by society
愛の子供、世の中から蔑まれて
Love child, always second best
愛の子供、いつも二番目、あとまわし
Love child, different from the rest
愛の子供、他の子たちとは違う扱い




Mm, baby
あたしの赤ちゃん
(Hold on, hold on, just a little bit)
(待っててね、あとほんの少しだけよ)
Mm, baby
あたしの赤ちゃん
(Hold on, hold on, just a little bit)
(待っててね、ほんの少しだけでいいの)




I started school, in a worn, torn dress that somebody threw out
初めて学校に行ったとき
あたしが着てたのは、誰かが捨てた擦り切れた穴だらけのドレス
I knew the way it felt, to always live in doubt
いつも疑わしい不安な気持ちで生きなきゃならないってことが
どんなものなのか、あたしはそれを知ってるわ
To be without the simple things
あたりまえの物もなしに暮らすのよ
So afraid my friends would see the guilt in me
自分の中のやましい気持ちを
友達に知られるのが、とっても恐かった




Don't think that I don't need you
おまえのことを必要じゃないなんて
そんなふうに思うのはやめて
Don't think I don't wanna please you
おまえのことを喜ばせてあげたくないだなんて
そんなふうに思うわないでね
No child of mine'll be bearing
よその子なんかを産むはずがないでしょ
The name of shame I've been wearing
わたしはずうっと汚名を着せられてきてるのよ




Love child, love child, never quite as good
愛の子供、愛の子供
いい目に遭うことはけっしてない
Afraid, ashamed, misunderstood
怯え、恥じ入り、誤解される




But I'll always love you
だけど、あたしは
いつでもおまえのことを愛しているよ
I'll always love you
いつだっておまえを愛してるのよ
I'll always love you
いつもいつまでも愛してるんだよ
I'll always love you
いつだって
おまえのことを愛しているのよ
I'll always love you
いつまでもおまえを愛してるんだよ
I'll always love you
いつもいつまでも愛しているのよ






Translated into Japanese tonight by komasafarina.訳詞







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ありがとう。
いま、この地球の心ある者たちがが掲げた(人類共通の)テーマ(のひとつは)、「貧困撲滅」ということで、いまはその強化期間ということだ。
(それはけっして貧しい者を虐げ、撲滅することではないことを)あらためて確認しておこう。


各国のエリートたちは、いまもむかしも(自国の貧困の解消という)その仕事が本来の課題だったはずだ。
(そして、この日本で真の構造改革が遂行されたあかつきには)(犯罪を犯して刑務所に入れられるような人間を含めて)(国家の世話になる人々)(社会的弱者や劣者*2を)「国民」と称して、その言葉は、近い将来、この国において(不謹慎にも)(ひとつの)「差別用語」にも似たニュアンスをおびることになるのではないかとわたしの千里耳は幻聴する。そのぐらいになってほしいものだ。*3

そして、また「国家」機関に従事する者たちこそが(栄誉ある意味で「差別」的に)(かつ揶揄的、もしくはやっかみ的な意味で差別的に)「国民」と呼ばれるものとなるだろう。*4

それにしても、いつも思うことですが、「国民」ってヤな言葉ですね。(べつに戦争してるわけじゃないんだから)「国民」なんて言葉はさっさと廃語にしてしまいたい。ぼくたちが「国家」を必要としなくなる生を実現するための「構造改革」が必要なのです。わたしの主張はそういうこと。今度の選挙でかなり自民党とダブってしまったけれども(少なくともおれは自民党やそのバックの背広よりももっとずっと遠くまで見てるからね。*5アナーキズム? そうかもしれない。*6「国家」を邪魔な古びた遺物的な制度だと思っている金持ちは多いはず。多国籍企業もそうだからね。これからは自民党じゃなくて、そういう人たちと各国の優秀なエリート官僚(の「青年将校」と呼ばれる人)たちに向けて直接語りかけていくことも必要だろう。*7報道はブラックボックスを作ってはならない。情報は原理的にそういうものは無視してしまう。


ところで(流行の)「ホワイトバンド」は(「赤い羽根」や「緑の羽根」と違って、買っても寄付ではないのですから)手製のものでも包帯でも(何でも)(しなくたって)かまわないのですよ。ようするにその人間の(この問題「貧困撲滅」に関する意識表示のための規格にすぎないのですから。
http://www.zakzak.co.jp/top/2005_09/t2005092201.html




では、もう1曲、同時期のサプリームスの歌を聴いてみましょう。

*1:「愛の子供」とは、(必ずしも「私生児」という意味があるわけではないが)ようするに社会という法や制度が認めていない(愛だけで生まれた)子供ということなのだろう。その愛が何らかの修辞(逆の比喩)ではないことを祈りつつ。

*2:事故や病気や災害(そして高齢)によって誰もが(一時的にせよ)弱者や劣者となりうることを忘れてはならない。そして、ここで言う「強/弱」「優/劣」は、国家の維持・管理・運営上の観点からのものであり、「優劣」でも「強弱」でも「美醜」でも「貴賎」でも条件や観点次第で見え方が変わる相対的なものである。例えば、真暗闇では盲人が優者(少なくともadvantageを得る)となるのではという空想がわたしにはある。

*3:そうなって初めて「国粋主義」(=「ナショナリズム」)というのが超克されるんだと思う。差別用語としての「国民」。そのお世話をする国家エリート、社会的な弱者や劣者のために知恵を絞り、維持可能な適正なシステムや運営プログラムを作成するのをその任務とする、そういう本当の国家エリートを育成する機関を作る必要があると思う。日本のエリート(とマスコミなどが呼んでる連中)は、その逮捕者のレベルを見るまでもなくかなりイイ加減なのが多い。なぜなら彼らは「エリート」としての教育、育成を受けてこなかったからに他ならない。明治時代とは違った意味で、日本はふたたび国家エリートをマジに必要とする時代に入ろうとしている。「軍曹」たちの仕事は多い。そして、おれたちはお「国」なんかとは遠く離れて愉快に愉しく踊りまくるのだ。自由民という非=国民。ロックンローリン♪

*4:「国家」の一員という意味で、Member of the Order としての「国民」である。早い話が「勲章」もらうような人が(こちらの意味での)「国民」なんですね。

*5:ある人があるところに書いていたが、(今度の選挙で)「テレビで自民党を見るとむかついてしょうがなかったが、社民党のあとだと自民党がむかつかない。あら、なんで?」ってゆうようなことを。これが健全な(まっとうな)感覚だと思う。わたしも(日頃、ほとんど聞こえてくることのない)社民党共産党の主張にTVで接して、その反動政党ぶりにすっかり呆れ返ってしまいました。共産党には(まだしも)(いくらか知的な)時代の読みを介した計算は感じられたものの、社民党にいたっては貧者に甘言を囁く反動的国家主義者以外の何ものでもなく(わたしには)映りました。醜悪の極みの忌むべき姿といえるでしょう。

*6:たぶん、貧乏の味方をしている自称アナーキストたちよりは、わたしのほうが本来的な正統派のアナーキズムだろう。

*7:国家中枢の高級官僚たちとわたしたちを隔てているのは、いうまでもなく(民主主義的な議会制という「代議制」のゆえにほかならい。「小さな政府」の次は(コンパクトになったのだから広げても散らからない)「開かれた国家」であることは言うまでもない。そこまで見据えて(自民党の言う)(かつては「聖域なき」であった)「構造改革」の断行を推進しよう。