Story of Bo Diddley

Words & Music by Eric Burdon and Alan Price.
(1964年発表)




(原題直訳 「ボー・ディドリーの物語」)



From The Animals album, "The Animals".
名作アルバム度 ☆☆☆


「朝日のあたる家」(アニマルズ)




歌詞は、次のURLから
http://www.lyricsandsongs.com/song/26223.html




名曲度 ☆


邦題 「ストーリー・オブ・ボー・ディッドリー」 (アニマルズ)






Now lets hear the story of Bo Diddley and the Rock n Roll scene in general
さあ、ボー・ディドリーとロックンロール・シーン全般の物語を聞いてみようじゃないか。
Bo Diddley was born Elias McDaniels
In a place called McComb,Misissipi about 1926
ボー・ディドリーは、1926年あたりに
ミシシッピのマッコムというところに生まれた。
そのときの名前はエリアス・マクダニエルズといったんだ
He moved to Chicago about 1938
1938年にシカゴに移り、
Where his name was eventually changed to Bo Diddley
そこで結果的に「ボー・ディドリー」という名前になった。




He practiced the guitar everyday and sometimes into the night
毎日ギターを練習して、ときには夜中にまでなった。
Till his papa's hair began to turn white
そのうち彼の親父さんの髪も白くなりはじめると、
His Pa said Son, listen hear, I know
パパは息子にこう言った
「いいか、オマエ、まあ聞けや
You can stay but that guitar has just gotta go
家にいるのはかまわんが、そのギターはもうやめれや」
So he pulled his hat down over his eyes
そこで彼は目が隠れるほどに帽子を深々とかぶると
Headed out for them Western Skies
あの西部の空をあとにしたのだった。
I think Bob Dylan said that
たしかボブ・ディランの歌にも
あったと思ったが、
He hit New York City
「♪彼はニューヨークシティにやって来た」
というわけだ。




He began to play at the Apollo in Harlem
彼はハーレムのアポロ・シアターからやりはじめた
Good scene there everybody raving
いろんな連中がノリノリにやってたいい場所だ
One day, one night, came a Cadillac with four head lights
あるとき、ある晩、
ヘッドライトが4つもついてるキャデラックがやって来て
Came a man with a big, long, fat, cigar said,
どでかい長い太い葉巻をくわえた男が降りて来て、
こう言った、
C'mere son, I'm gonna make you a star
「おい、小僧、おれがオマエをスターにしてやろう」
Bo Diddley said, Uh..whats in it for me?
ボー・ディドリーが言った、
「ハア、で、オレは何をすりゃいいのかよ?」
Man said, Shut your mouth son ,
男は言った、「このガキ、生意気な口きくんじぇねえ、
Play the guitar and you just wait and see
ギター弾いて、おとなしくしてりゃわかるってもんだ」




Well, that boy made it, he made it real big
そうなんだ、その小僧っ子は当てやがった、
すっげえビッグになったんだ
And so did the rest of the rock n roll scene along with him
ヤツと一緒にそのほかの連中も、
ロックンロールというシーンを作り出した
And a white guy named Johnny Otis took Bo Diddleys rhythm
すると、ジョニー・オーティスという白人の男が
ボー・ディドリーのリズムを取り入れた
He changed it into hand-jive and it went like this
彼はそれをお手軽なものに手直しした。
ちょうどこんな感じに・・・・




In a little old country town one day
「♪小さな古い田舎町である日
A little old country band began to play
しょぼい田舎のバンドが演奏しはじめた
Add two guitars and a beat up saxophone
ギター2本と叩きつけるようなサクソフォーン
When the drummer said, boy, those cats begin to roam
するとドラマーが言った、
「おい、小僧、客どもがみんなゆーらゆーらしてきてるぜ
Oh baby oh wee oh oh
オー、ベイビー、
オー、オー、うっひゃー
Ooh la la that rock and roll
ウー、ラララ、ゆらりゆらゆらころがってるぜえ
ロッケンロール
Ya hear me oh we oh oh
オレの言ってることがわかるか、オイッ
Ooh la la that rock and roll
ウー、ラララ、ロッケンロロール




Then in the U.S. music scene there was big changes made
それから合衆国のミュージック・シーンに大きな変化が起こった
Due to circumstances beyond our control such as payola
賄賂とかそういうオレたちには手に負えない問題から
The rock n roll scene died after two years  of solid rock
ロックンロールのシーンは死んでしまい、
純正のロックは2年ほどだけだった
And you got discs like,
そして、その後のレコードときたら、
ah...
あゝ、チクショーめえ・・・・




Take good care of my baby
「♪ボクのベイビーに優しくしなくちゃねえ、だとか
Please don't ever make her blue and so forth
「♪彼女を悲しませちゃダメだよーん、
とかそんなもんばっかしときやがった・・・




About, ah, one year later in a place called Liverpool in England
だいたい、それから1年ばかりした後、
イングランドリヴァプールというところで
Four young lads with mop haircuts began to sing stuff like, ah...
モップみたいなヘアスタイルの4人の若いのが、
こんな感じで歌いはじめた、そうだなあ・・・・
It's been a hard days night and I;ve been working like a dog and so on
「♪イッツ・ビーン・ナ・ハード・デーズ・ナイト、
アンド・アイビン・ワーキン・ライカ・ドォーグ」
In a place called Richmond in Surrey, whay down in the deep south
そのずーっと南のサリーのリッチモンドというところでは、
They got guys with long hair down their back singing
背中まで届くぐらいに髪を伸ばした連中が歌っていた
I wanna be your lover baby I wanna be your man
「♪アイ・ウォナ・ビー・ヨー・ラバー、ベイビー、
アイ・ウォナ・ビー・ヨー・マン・・・
yeah and all that jazz
そう、こういうイカした感じでな


Now we've doing this number, Bo Diddley, for quite some time now
いま、オレたちがやってるこの曲「ボー・ディドリー」ってのは、
わりと最近のものなんだ
Bo Diddley visited this country last year
去年、ボー・ディドリーがこの国に来たんだが、
We were playing at the Club A Gogo in Newcastle, our home town
オレたちは故郷の町のニューカッスル
「クラブ・ア・ゴーゴー」ってとこに出てたんだ
The doors opened one night and to our surprise
ある晩、ドアが開くとビックリしたぜえ
Walked in the man himself, Bo Diddley
ボー・ディドリー本人が歩いて来るんだ
Along with him was Jerome Green, his maraca man,
彼だけじゃなくて、
彼のマラカス奏者のジェローム・グリーンと、
And the Duchess, his gorgeous sister
彼のケバい連れのダッチェスも一緒なんだ
And a we were doing this number
それでオレらはこの曲をやったんだ
Along with them came the Rolling Stones, the Mersey Beats,
ほかにもローリングストーンズやマージービーツの連中も一緒だったよ
They're all standing around diggin' it
みんな立ち上がって熱心に聴いてくれた
And I overheard Bo Diddley talkin'
オレはボー・ディドリーがこう言ったのを聞いたんだ
He turned around to Jermone Green
彼はジェローム・グリーンのほうを向いて、
And he said,
こう言ったんだ、
Hey, Jerome? What do you think these guys doin' our..our material?
「なあ、ジェローム、こいつらがオレたちの、
その、オレたちの曲をやってるってのをオマエ、どう思うよ?」
Jerome said, Uh, where's the bar, man? Please show me to the bar...
ジェロームは言ったよ、
「ハァ、酒はどこだ、おい? おい、どこで飲めるんだ・・・?」
He turned around the Duchess and he said,
彼はダッチェスのほうを向くと、こう言った
Hey Duchess...
「よお、ダッチェス、
what do you think of these young guys doin' our material?
おめい、こういう若いヤツらが、
オレたちの曲をやってるのをどう思うね?」
She said, I don't know.
彼女は言った、「わかんないわよ、
I only came across here to see the changin' of the guards and all that jazz.
あたしがイギリスに来たのは衛兵が交替するとことか、
そういう面白そうなもんを見に来ただけだもん」
Well, Bo Diddley looked up and said to me,
んなわけで、ボー・ディドリーは顔を上げると、
オレに言ったよ、
With half closed eyes and a smile,
伏し目がちな目で微笑を浮かべると
He said Man,
彼は言ったよ、「おい」、
Took off his glasses, he said,
彼は眼鏡をはずと言ったんだ、
Man, that sure is the biggest load of rubbish I ever heard in my life...
「オマエなあ、さっきのアレなあ、オレが生まれてから聴いた中で、
どーしようもないほどのクズの塊だったぜよ」だとさ。




Hey Bo Diddley
ヘーイ、ボー・ディドリー
Oh Bo Diddley
オー、ボー・ディドリー
Yeah Bo Diddley
イェーイ、ボー・ディドリー
Oh Bo Diddley
オー、ボー・ディドリー
Yeah Bo Diddley
イェー、ボー・ディドリー





Translated into Japanese tonight by komasafarina.訳詞





∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮∮






この「ボーおじさん」は、15,6年前に日本にも来て、
いまは亡きボ・ガンボスのどんとと仲良くステージをやりました。
そもそも「ボ・ガンボス」という名前は「ボー・ディドリー」からとった「ボ」の字なのです。

ちょっとどんとの古いインタビュー記事からボー・ディドリーがらみの部分を抜き書きしてみますネんごろ。





「そうやねえ、ちょっとづつ見えへんものが見えてきて、見えんままだったらあかんし、やっぱ見てしまったらやらなあかんし、結構、気合い入れなあかん動物なんやなと思ってね。だから、男って何か知らんけど、年とるごとにみんな厳しなっていくやん。女はだんだんネジが緩んでいくゆうか(笑い)・・・・まわりの人とか見とっても年とってだんだんハードになっていくのに、よう続けてくなァとか思っとったんやけど・・・・やらなしょうがないないのかなァ・・・・? ああいう感じがだんだんわかってきたなァ。どこまで自分が気がついたことをやっていけるかということが大事なんだわな。オレは今までもずっと”オレは遊んでますぅ”いう感じでやっとったんやけど、何やってもラクはできんのやなァみたいな気持ちに最近なってきて(笑) サボるわけにはいかんのやね。ほんなら一番好きなことを一生懸命やろうかと思っとったんやなあ・・・・。今は抜け道がないな思うて。何かラクしてええ思いするなんてことは、どれだけ頭を絞っててもできへんな思うて、ほなら自分に一番ピッタリくるハードな世界見つけたろ思うてね。それがやっぱロックンロールなんやね。ロックンロールなら苦しくても許せるいうかね。最低やッ、言われたら、チックショーッ思うてやれるいうか、何か一個自分でできることがあってホントよかったァ(笑)思うて。で、急にボー・ディドリーとか、ものすごいありがたい思えるようになってきたりして(笑)。ボー・ディドリーみたない人がおるから、こんなふうに目が覚めるんやなァと(笑い)」





「とにかくロックに何が一番大事かなと思ったら、やっぱ、音やな思うてね。やっぱ、みんなそういう”わかった”とか”新しい”とか言うのは、何でかといったら、景気のいい音があったからやん、”ホラ、行け、行けェ”みたいな調子に乗っとっただけやからね。あの音がなくてね、ポツンと静かな部屋でね、”わかった”かと言うと、そうでもないやん。やっぱ、あのゴワァーン、ゴワァーンいう音がゴワワワァーンと来て、何か音に促されてねえ。体が音でグーッと揺れて、”ああ、これやな”いう感じで”わかった”わけやろうからね。やっぱロックちゅうのは音のことやったんやなァみたいなね。最近、ロックゆうのはもっと思想でもあるかのようになっとったけど。とにかく、ロックンロールいう感じに初めて気合い入れてねえ。何かロックンロールって、古い死語のようなもんやけど、でも、やっぱ、自分にとってはね、そういうのがなかったら、今までこんなんしてこなへんかったわけやからみたいなことで、すごく重要なもんやって気づいて。やはり、ロックンロールに向かおうと最近、決意したわけですね(笑)。やっぱ、ロックやなくてロックンロールって呼びたい何かがあるんやね。微妙なもんやけど」





「前はロックンロールいうのは昔のもんやとというふうに思うとったけど・・・・50年代にラジオのDJがどうのこうのって歴史の1ページだと思っとったけど、やっぱ、今こうして自分がこう動かされてる以上、それは時を超えてあるんだいう証拠みたいなもんやからねえ、自分自身が。その証拠たるところを人々に向かってパァーッと見せられたら、それはホントさぞかし素晴らしい音楽になるでしょうと」

(インタビュアー:自分ではまだロックンロールやれてるとは思ってないんだ?)

「いや、それはね、やっぱり音だけ聴くと、ものすごいハッキリわかるよね。ステージとかの視覚的なもののイメージにとらわれずにね。テープレコーダーで音だけ録ればね。比べてみればわかるよ。どっちにしても、その音を生かす術みたいなものはね、自分の体ひとつになるわけで、それはまだまだでしょういう感じ。やっぱ、むこうのオッサンでも元々素質ある人間が一日中、弾いて、何年もずっとやってできた・・・・その芸いうかね・・・・素質と鍛錬というか。自分もやっぱ、やらへんとできへんしね。そういう音を磨かんとなァ思うてね。音を磨くとかさァ、それはもうしたことないわね(笑)、そんなの、きょうまでしたことない(笑)」

(インタビュアー:宮本武蔵とかああいう世界だねえ(笑)

「マァ、日本なりに解釈すりゃあ、サムライいうことかな思うしね。なんか、そろそろ、やっぱ、日本とか、世界とかさァ、仕事しとっても何の実りもないような世の中いうことがハッキリしてきたしさ。どこへ自分の価値を置くか・・・・、”オレはこれなんや”いうのをつかむというのは、結構、大事なことやな思ってきてね。自分はまだバリバリの獰猛な生き物なんやでェいう感じをいつも出しとかなきゃ終わりやもんね。ものすごい頭よくて、仕事ができたって、生き物の本能的なタフさなくしたら終わりや思うてね」




(「R・IDEA」VOL.2 1989年9月20日発行より)



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


なんか、どんとのシャーマンみたいなことやらされてるなあ。
っていうか写経になんのか、こういうのは。
でも、うまく「アニマルズ」に落ちが着いたナ。